細胞伸展装置が切り拓く、骨格筋細胞研究の新展開
ストレックス社では、装置をご活用いただいている研究者の皆さまに、研究の最前線についてお話を伺っています。今回は、日本福祉大学健康科学部リハビリテーション学科理学療法学専攻の岩田全広教授にご登場いただき、骨格筋細胞研究における弊社装置の活用事例についてお話を伺いました。
■ 現在の研究テーマについて教えてください。
私たちは、骨格筋細胞に対する機械的刺激(メカニカルストレス)が、疾患モデルにおける細胞応答やシグナル伝達にどのような影響を与えるかを解析しています。研究テーマは以下の3本柱で構成されていますが、いずれも臨床リハビリテーションとの接続性を重視しています。
①糖尿病に対する運動療法の分子メカニズム解明
運動によって筋肉がブドウ糖を直接取り込み、血糖値を下げる現象は臨床的に広く知られていますが、その分子メカニズムには未解明な点が多く残されています。私たちは、in vitroで筋収縮様の刺激を再現するために細胞伸展装置を活用し、運動によるグルコース代謝調節の仕組みに迫っています。
②がん悪液質に伴う骨格筋萎縮の再現と抑制機構の解明
がん細胞から分泌されるサイトカインや腫瘍由来因子(例:TNF-α、IL-6など)は、骨格筋の萎縮を引き起こします。私たちは、がん細胞培養上清を用いて萎縮モデルを構築し、そこに伸展刺激を加えることで、筋萎縮抑制の効果を遺伝子レベルで解析しています。
③ステロイド誘発性萎縮への伸展刺激の効果検証
長期のグルココルチコイド(例:デキサメタゾン)投与は、臨床的に骨格筋の萎縮を引き起こすことが知られています。本研究では、細胞モデルを用いて、伸展刺激が筋構成タンパク質の合成抑制や分解亢進をどの程度抑制できるかを評価しています。
■ 細胞伸展装置を使い始めたきっかけについて教えてください。
細胞伸展装置との出会いは、私が大学院修士課程に在籍していた頃でした。当時は名古屋大学大学院医学系研究科リハビリテーション療法学専攻(現・総合保健学専攻)に所属しながら、同大学院医学系研究科細胞生物物理学分野に出向していました。そこで成瀬恵治先生らのご指導のもと、ストレックス社の伸展装置を初めて使用する機会を得ました。当時は、現在のように専用のPDMSチャンバーが市販されておらず、自作のチャンバーで試行錯誤を重ねながら条件を整える必要がありました。また、骨格筋細胞(C2C12)の分化効率や接着性の安定化にも課題がありましたが、基質コートや血清濃度、張力条件などの最適化を重ね、安定した実験系の確立に成功しました。こうした取り組みの成果は、後に学術論文として発表することができました。
■ 今後の展望を教えてください。
今後も細胞伸展装置を活用しながら、疾患関連のシグナル伝達メカニズムの解明を進めていく予定です。特に、分子生物学とリハビリテーション医学を結びつける研究を深め、臨床への応用を見据えた橋渡し的役割を果たしていきたいと考えています。また、産学連携の機会があれば、社会実装を目指した応用研究にも積極的に取り組んでいきたいと思います。
論文情報
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Uniaxial cyclic stretch-stimulated glucose transport is mediated by a Ca2+-dependent mechanism in cultured skeletal muscle cells.
Masahiro Iwata, Kimihide Hayakawa, Taro Murakami, Keiji Naruse, Keisuke Kawakami, Masumi Inoue-Miyazu, Louis Yuge, Shigeyuki Suzuki
Pathobiology 74(3): 159–168, 2007. https://doi.org/10.1159/000103375
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Uniaxial cyclic stretch increases glucose uptake into C2C12 myotubes through a signaling pathway independent of insulin-like growth factor I.
Masahiro Iwata, Shigeyuki Suzuki, Kimihide Hayakawa, Keiji Naruse
Horm Metab Res 41(1): 16-22, 2009. https://doi.org/10.1055/s-0028-1087170
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p62/SQSTM1 and Nrf2 are essential for exercise-mediated enhancement of antioxidant protein expression in oxidative muscle.
Mami Yamada, Masahiro Iwata, Eiji Warabi, Hisashi Oishi, Vitor A. Lira, Mitsuharu Okutsu
FASEB J 33(7): 8022-8032, 2019. https://doi.org/10.1096/fj.201900133R
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Muscle-derived SDF-1α/CXCL12 modulates endothelial cell proliferation but not exercise training-induced angiogenesis.
Mami Yamada, Chihiro Hokazono, Ken Tokizawa, Shuri Marui, Masahiro Iwata, Vitor A. Lira, Katsuhiko Suzuki, Shinji Miura, Kei Nagashima, Mitsuharu Okutsu
Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol 317(6): R770–R779, 2019. https://doi.org/10.1152/ajpregu.00155.2019