top of page

細胞力学刺激とは

細胞力学刺激とは、細胞に対して物理的な力を与えることで生じる刺激のことです。この力学的な刺激は、圧縮、引っ張り、せん断(流れによる摩擦力)、伸展、圧力など、さまざまな形態で細胞に作用します。こうした力学的刺激は、細胞の形状、構造、機能に影響を与え、生物学的な応答を引き起こすことが知られています。

力学刺激を受けた細胞は、特定のシグナル伝達経路を活性化し、それによって細胞の増殖、分化、運動、遺伝子発現、さらにはアポトーシス(プログラムされた細胞死)などの生理的プロセスが変化します。たとえば、骨の細胞は力学的な圧力や引っ張り刺激によって骨形成が促進される一方、血管内皮細胞は血液の流れによるせん断力で内皮の健康を保ち、適応応答を行うことができます。

細胞力学刺激は、組織工学、再生医療、バイオメディカル研究の分野で重要な研究対象となっており、特に人工組織の構築やリハビリテーション医療の応用などでそのメカニズムの解明が進められています。

細胞力学刺激研究の目的

細胞力学刺激研究の目的は、細胞が力学的な刺激に対してどのように応答するか、そのメカニズムを解明し、応用することです。具体的な目的は以下の通りです。

細胞のメカニズム解明

  • 細胞が力学的な刺激をどのように感知し、シグナル伝達を介して応答するかを理解することです。これにより、細胞骨格の構造変化や遺伝子発現の調整など、基本的な生物学的プロセスに関する理解が深まります。

再生医療への応用

  • 力学的な刺激が組織の成長や修復に与える影響を調べ、特に人工臓器や再生組織の構築に応用します。たとえば、骨や筋肉、軟骨の再生には特定の力学刺激が必要であり、その条件を特定することで再生医療の技術を向上させることができます。

組織工学における人工組織の構築

  • 細胞に適切な力学刺激を与えることで、人工的に成長させた組織や臓器の質を高めます。特に、血管組織や心筋などの組織では力学刺激が重要であり、その効果的な提供方法を研究しています。

病気の予防と治療

  • 力学的刺激に関する異常が病気の原因になる場合があるため、そのメカニズムを解明することで新しい治療法や予防法を開発します。例えば、骨粗鬆症や動脈硬化、ガンの進展に関わる力学的要因の研究が進められています。

リハビリテーションの改善

  • 力学刺激が筋肉や骨、関節の機能回復にどのように役立つかを研究し、リハビリテーションや物理療法の効果を向上させます。適切な力学刺激の条件を特定することで、早期回復を支援することが目指されています。

こうした研究により、力学刺激が細胞や組織に与える影響を調整し、医療や生物工学分野での実用的な応用を進めることが期待されています。

細胞力学刺激研究が活用される分野

細胞力学刺激の研究は、さまざまな分野で応用され、特に以下の分野で重要な役割を果たしています。

再生医療

  • 再生医療では、損傷した組織や臓器を再生・修復するために、細胞に適切な力学刺激を与えて成長や分化を促します。特に、骨、軟骨、筋肉、心筋などの再生には、引っ張りや圧縮などの特定の力学刺激が必要です。

組織工学

  • 人工組織や臓器を培養する際、力学刺激を利用することで、より生体に近い構造や機能を持つ組織を形成できます。血管や皮膚などでは、せん断力や引っ張り力を使い、自然な成長と機能の発現を促します。

スポーツ医学・リハビリテーション

  • スポーツ医学やリハビリテーションでは、筋骨格系の回復を促進するために力学刺激の適切な利用が注目されています。物理療法やリハビリにおいて、力学刺激を調整することで、早期回復や障害予防の効果が期待されています。

がん研究

  • がん細胞は周囲の力学環境(例えば、腫瘍内部の圧力や組織の硬さ)に応答してその性質を変えることが知られています。力学的な要因ががんの進展や転移にどう影響するかを研究することで、新たな治療アプローチが開発されつつあります。

循環器病学

  • 血管内皮細胞が血流によるせん断力に応答して健康を維持することから、動脈硬化などの病態や心血管疾患に関する研究が進められています。せん断力の変化が内皮機能に与える影響を解明することで、病気の予防や治療に役立てられます。

神経科学

  • 神経細胞やグリア細胞に対する力学刺激の影響を調べることで、脳損傷後の回復過程や神経再生の促進方法が検討されています。また、脳の硬さや張力の変化が神経疾患にどのように関係するかを研究し、新たな治療法の開発を目指しています。

歯科医療

  • 歯や歯周組織への力学刺激は、骨リモデリングや歯の移動に影響を与えるため、矯正治療やインプラントの成功率向上に役立っています。これにより、歯科矯正やインプラントの効果的な方法が模索されています。

これらの分野では、細胞が力学的刺激に応答する仕組みを理解し、適切に応用することで、新しい治療法の開発や治療技術の向上が期待されています。

細胞力学刺激のアプリケーション例

細胞力学刺激のアプリケーションには、さまざまな分野での応用があり、以下はその代表的な例です。

骨再生と骨粗鬆症治療

  • 骨細胞に引っ張りや圧縮などの力学刺激を加えることで、骨のリモデリングが促進されます。骨粗鬆症患者に対するリハビリでは、低周波の振動や負荷運動を取り入れることで骨密度の維持や向上が図られます。

軟骨組織の再生

  • 軟骨は血管を持たないため自然治癒が難しいですが、適切な力学刺激(圧縮や引っ張り)を与えることで軟骨細胞の増殖が促され、軟骨組織の再生が促進されます。このアプローチは、関節炎や軟骨損傷の治療に役立ちます。

心筋細胞の培養と再生

  • 心筋細胞の機能向上には、一定の周期的な収縮・伸展刺激が有効です。これにより、心筋細胞の収縮力が強化され、組織の機能が向上します。この技術は、心筋梗塞後の心筋再生や心筋補助組織の開発に応用されています。

血管内皮細胞の健康維持

  • 血管内皮細胞は血流によるせん断力を受けて内皮の健康を維持します。このせん断力が適切でないと動脈硬化が進行しやすくなるため、人工血管などの開発ではせん断力を模倣することで内皮細胞の機能を維持し、血管の健康を促進するように設計されています。

がん研究での微小環境の再現

  • 腫瘍の硬さや圧力など、がん細胞が置かれる力学環境は、がんの増殖や転移に影響を与えます。がん細胞を力学刺激で取り巻く環境を再現することにより、がんの進行メカニズムや治療薬の効果を調べ、新しい治療法の開発に活用されます。

神経再生と神経リハビリ

  • 神経細胞や軟膜細胞に力学刺激を加えることで、神経の成長が促されることがわかってきています。この方法は、脊髄損傷後の回復や神経疾患のリハビリテーションに応用され、機能回復を支援するための治療法開発に活用されています。

歯科矯正とインプラントの安定化

  • 歯科矯正では、歯に力学的な力をかけることで、骨がリモデリングされ歯の移動が促されます。また、インプラント手術後に適切な力学刺激を与えることで、骨との結合が促進され、インプラントの安定性が高まります。

スポーツリハビリテーション

  • 筋肉や腱、靭帯などの組織に力学的負荷をかけることで、損傷部位の回復や強化が図られます。特に負荷のかけ方やタイミングを調整することで、早期回復を促進し、筋骨格系の強化を目指す治療に応用されます。

これらのアプリケーションでは、細胞が力学刺激に応答するメカニズムを利用し、治療やリハビリテーション、組織の再生などでの効果的な結果を引き出すことを目指しています。

細胞力学刺激のアプローチ方法

細胞に力学刺激を与えるためには、実験環境で力を加える装置や技術を使用し、目的に応じた刺激の種類や強度、頻度を調整します。以下に代表的な方法を示します。

引っ張り刺激

  • 細胞を培養した基板やシートに引っ張り力を加えることで、細胞に引っ張り刺激を与えます。周期的な引っ張りを加える装置を使い、筋肉細胞や結合組織の細胞に応答を誘導します。これは、心筋や骨、筋肉の再生研究によく用いられます。

圧縮刺激

  • 軟骨や骨の細胞に圧縮刺激を与えることで、骨や軟骨のリモデリング効果を研究します。圧縮刺激は、軟骨細胞の増殖や分化を促すために利用され、人工軟骨の開発や関節炎治療に応用されています。

流体せん断力(流体力学的刺激)

  • 血管内皮細胞に対する流れの刺激(せん断力)を再現するために、培養容器内で培地を流す装置を使用します。血流を模倣するせん断力により、血管内皮細胞が刺激され、血管の健康や動脈硬化のメカニズム解明に役立ちます。

振動刺激

  • 骨や筋肉の細胞に対して振動刺激を加える装置を使います。振動刺激は骨密度を高め、筋肉の成長を促進する効果があり、骨粗鬆症や筋萎縮症の研究で用いられます。振動の周波数や強度を調整することで、刺激の効果を変化させられます。

圧力刺激(液体やガスによる圧力)

  • 気圧や液体圧を使って細胞に圧力をかけることで、特に肺や心臓の組織を対象にした研究で使われます。例えば、肺胞細胞への圧力変動は呼吸の動きを模倣し、呼吸器系の疾患モデルの研究に活用されます。

マイクロピペット操作

  • マイクロピペットで微小な力を加えたり、顕微鏡下で直接的に細胞を操作することで、細胞の力学特性を調べます。これにより、個々の細胞の応答を調べ、細胞骨格の変形や応答を観察するのに適しています。

光ピンセット

  • レーザーを利用して細胞や分子に力を加える方法です。光の放射圧を利用して細胞やオルガネラに微小な力を加え、その反応を調べます。この技術は、特に分子レベルの細胞内力学応答を測定するのに使われます。

3Dバイオプリンティングによる力学環境の再現

  • 3Dプリンティング技術を活用し、細胞を力学的に適応するような構造やスキャフォールドを作成します。これにより、特定の力学環境下で細胞を培養し、組織工学や再生医療での応用が期待されています。

これらの方法を使って細胞に力学刺激を与えることで、細胞がどのように応答し、生体内でのメカニズムを模倣・再現する研究が進められています。

細胞力学刺激に使用される装置

細胞力学刺激に使用される装置には、細胞に特定の力学的負荷を加えるためのさまざまな装置があります。以下は、その代表的な装置と機能です。

ストレッチ装置(引っ張り刺激)

  • 細胞を伸展するためのストレッチング装置は、培養細胞が付着した弾性基板を引っ張ることで細胞に引っ張り力を加えます。一般的に、筋肉細胞や結合組織細胞の研究に使われ、周期的な伸縮で心筋や筋肉の再生、結合組織の研究に役立てられます。

コンプレッション装置(圧縮刺激)

  • 軟骨や骨細胞などに圧縮力を加えるための装置で、細胞が付着している基板やゲルを上下から圧縮します。これは骨再生や軟骨組織の再生においてよく使用され、関節軟骨や骨組織の成長や分化の研究に適しています。

せん断流動装置(流体力学的刺激)

  • 流体せん断力を細胞に与えるために使われる装置で、特に血管内皮細胞の研究に利用されます。培養液を一定の速度で細胞に流し、血流によるせん断力を再現します。この方法は、内皮細胞の応答や動脈硬化の進行メカニズムの解明に重要です。

振動刺激装置

  • 低周波振動を加えることで、骨や筋肉の細胞に振動刺激を与える装置です。これは、骨密度の維持や筋細胞の成長に効果があり、骨粗鬆症や筋萎縮症の研究に活用されています。

圧力チャンバー

  • 液体やガスの圧力を調整して細胞に圧力を加える装置です。特に肺胞細胞や血管細胞の研究で、呼吸や血圧の変動を模倣するために使用され、呼吸器系や循環器系の疾患研究に役立ちます。

マイクロピペット操作システム

  • 細胞を微細に操作するためにマイクロピペットを使い、直接的に細胞に力を加えます。この方法では、細胞膜の弾性や細胞骨格の力学的特性を調べ、細胞レベルの応答を解析することができます。

光ピンセット(オプティカルトラップ)

  • レーザー光の放射圧を利用して、細胞や細胞内部の小さな構造物に力を加える装置です。これにより、細胞の構造変化や分子レベルでの反応を精密に調べることができ、力学的刺激の研究において極めて高精度な力を加えられます。

3Dバイオプリンター

  • 細胞や生体材料を三次元に配置して、力学的特性を持つスキャフォールド(足場)を作成し、細胞が生体内のような力学環境で成長できるようにします。特に組織工学や再生医療の研究において、3D構造体を用いた力学環境の再現が進められています。

これらの装置は、細胞や組織に応じた特定の力学刺激を加えるために設計されており、それぞれの目的に応じて使い分けられます。

細胞力学刺激装置

オレンジサイエンスでは、ガス圧力負荷による力学的刺激を与えるStrex社のガス加圧細胞刺激培養装置や、細胞や組織に静水圧を加えながら培養できる静水圧圧縮刺激装置 メカノカルチャーTR(MCTR)の取り扱いがございます。

Strex社のガス加圧細胞刺激培養装置
静水圧圧縮刺激装置メカノカルチャーTR(MCTR)

Strex SP-1000 ガス加圧細胞刺激培養装置

ガス圧力負荷による力学的刺激

STREX社のガス加圧刺激培養装置は、専用耐圧チャンバーとコントローラーから成るシステムです。

 コントローラーを通して、インキュベーター内のエアーをチャンバー内に置換し、その後、コントローラーで設定した圧で、チャンバー内を加圧します。一定の加圧だけでなく、サイクリックに加圧することも可能です。

​ 別売りのステンレスチャンバーを使用することにより、より高い圧力での刺激も可能です。

Strex SP-1000 ガス加圧細胞刺激培養装置

メカノカルチャーTR(MCTR)

ハイスループット静水圧刺激

メカノカルチャーTR(MCTR)は、個々のウェル内の9検体に対して静水圧圧迫を行います。最大500kPaまでの圧力を装置にプログラムすることができます。透明な培養ウェルにより、正しい検体の装填を目視で確認でき、必要に応じて試験中にリアルタイムで画像化することも可能です。 検体チャンバープレートは滅菌可能で、実験室のインキュベーター内での長期細胞培養に適しています。

​静水圧流体圧縮刺激装置

実例紹介

1-s2.0-S2772950824001821-gr6.jpg

東北大学 大学院歯学研究科 分子・再生歯科補綴学分野  

山田将博先生にMCTRを使用頂いております。

機械的負荷による細胞間クロストークによる骨のターンオーバー活性と方向づけの研究の論文では、咀嚼負荷を再現するため、培養7日目のMLO-Y4細胞に対して最大49時間の周期的負荷に、CellScale社のMCTRが使用されました。

メカノカルチャーシリーズ 使用論文一覧

bottom of page